
お茶する、という言葉について
先日、日本庭園を散歩したとき、お茶処で抹茶と和菓子をいただきました。まさに、お茶する、という言葉がぴったりで、ふと思いました。私たちは、ちょっとお茶しない?と、ごく普通に言います。でもカフェに入って注文するのは、コーヒーだったり紅茶だったり。日本茶を飲むことはだいぶ稀...
言葉には、今も「お茶」がいる
考えてみれば、お茶という言葉は、飲み物だけを指すものではありません。「お茶する」「お茶にしよう」「お茶でもどう?」。ひと休みしたり、誰かと話したり、人をもてなしたり。私たちはさまざまな場面でお茶という言葉を使っています。それだけ昔から、お茶を飲むことと、人がくつろぐ時間は深く結びついていた。面白いのは、実際に飲むものがコーヒーや紅茶に変わっても、その時間を表す言葉には、今も「お茶」が残っていることです。
でも、日本茶を飲む人は少なくなった
一方で、実際のお茶の時間を見てみると、主役はずいぶん変わったように感じます。街にはたくさんのカフェがあり、コーヒー、紅茶、ラテ、ジュースなど、選べる飲み物も豊富です。そこに日本茶が並んでいることは、まだそれほど多くありません。言葉は残ったのに、飲み物だけが少しずつ入れ替わっていった。私はこのことが、とても不思議に感じます。もしかすると日本茶は、あまりにも身近だったからこそ、わざわざ外で楽しむものではなくなっていったのかも。家で飲むもの、食事と一緒に飲むもの、無料で出てくるもの。そんな存在になっていく一方で、街のお茶する時間には、新しい楽しさを持った飲み物が次々と入ってきました。
もう一度、日本茶で「お茶する」
日本茶を昔の形に戻すのではなく、今に似合う新しい姿があるのが自然だと思います。美味しい煎茶や抹茶を気軽に楽しむ機会が増えれば、今日は日本茶にしてみようと思う人も増えるかもしれません。お茶するという言葉と、実際に飲む日本茶が、もう一度近づいていったら面白いな、と。風の抜ける茶室でいただく一服は心地よくて、こんなふうにお茶を楽しめる過ごし方をたくさんの人に知ってほしいな、と思いました。